第7回<前編>
2012.10.16 UP

10周年を迎える『ラグナロクオンライン』その過去と未来を語る<前編>

ラグナロクオンライン

『ラグナロクオンライン』(所要時間17分)

当社の主力オンラインゲーム「ラグナロクオンライン」は、
元々は韓国でサービスされていたゲーム。

日本で始めるきっかけから、サービス開始まで。
波乱含みの険しい道のりとは?


 

「日本のオンラインゲーム市場を大きく変えられる」と思った。

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森下 :
「ラグナロクオンライン(以下、RO)」との最初の出会いは2001年位にさかのぼります。その日、たまたま終電を逃してしまって、弟の家に泊めてもらったんです。その時に、弟が韓国のサーバーへ接続してROを遊んでいて。それを見て「このゲームを日本で展開したら、日本のオンラインゲーム市場を大きく変えられるんじゃないか」と思ったんです。
飯野 : きっかけは弟さんだったんですね。
森下  : そうなんです。翌日すぐに、開発元の韓国GRAVITY社に電話をしたのがきっかけで、ROを日本で配信する権利を獲得してきたのが全てのスタートです。RO自体は韓国で開発をしていたので、それを日本のゲームに仕上げることになったんですが、そこからは本当に大変でした。その時に出会ったのが堀誠一なんです。
堀 : 現会長の孫に「新しいゲームを始めたいって言う人がいるから会ってくれないか」って言われたのが最初の出会いでした。出会ってまず、サーバーの構成が書かれているメールを見せられ、すぐにシステム仕様書と見積もりを仕上げました。その後2人で韓国へ交渉に向かい、日本での配信権を獲得したんです。
森下 : ガンホーという会社の設立当時、4人しかいなくて。ROはそういうところからスタートしました。

堀ならピンチを乗り切れるだろうと信じていました。

森下  : 日本で2002年8月にβサービスを開始するにあたっては、韓国の開発スタッフに来日してもらうなどやはり大変でしたよね。
堀 : ようやくサービス開始となった時点でスタートできず、3日遅れてしまったんです。突然「動かない」という事態が起きて原因も不明。少人数だったので、他の作業をしながら原因究明をする中、普通のプロデューサーなら細かく進捗確認するんでしょうけど、森下は僕が「3日間だけ時間をくれ」とお願いしたら、黙って待っていてくれたんです。
森下  : そういうこともありましたね。
堀 : 3日間という時間を頂いたんですが、サービスオープン直前まで復旧できるかわからず、最後の賭けでネットワークの疑わしい部分を修復してみたんです。しかし、オープン時私はセンターで待機していたため、その修正が正解かどうかわからず、オフィスに電話確認をしたら、スタッフが騒いでるんです。「しまった!」と思ったら、森下が「動いたよ」と。その一言にお互い感動したのを覚えています。
森下  : 堀はシステム部分で一番信頼できる男で、ピンチを乗り切れるだろうと信じていましたから。まずはスタートが切れたと、ホッとしました。
堀 : 逆に同じ年、12月の正式サービス開始時は、トラブルなしでスタートできました。これはこの業界ではかなり珍しいことだったと思います。
森下  : それにサービスプランを正式サービス開始1日前に土壇場で変更したにも関わらず、スムーズに正式サービスに移行できたのは奇跡でした。

 

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